今年の制作土器と土偶

今年は、3点の土器を考古館からお借りすることになっていて、今、学芸員の方に説明文をお願いしています。

曽利遺跡出土の香炉型土器
九兵衛尾根遺跡出土の区画文土器

今のところ、この2点をお借りしていて制作中です。土偶を作っている方もいます。

中ッ原遺跡出土の仮面土偶、国宝です

土器も土偶も縄文人の制作物が残っている不思議を感じつつ作っています。国宝や重要文化財に指定されているか否かは問題ではありません。先日、考古館の小松館長に収蔵庫を見せていただきながらお話をうかがいました。収蔵庫には、形になった土器だけではなく、復元途中の土器や土器片、石器なども整理されて並べられています。いわば、考古館の舞台裏でしょうか。縄文人がどうしてこのような形、模様を作ったのかな、と自分なりに考えながら土器と向き合ってくださいとおっしゃってました。土器土偶との対話、それが至福の時です。

昨年は休会だったのですが‥‥

そんな折、11月にはこんなことがありました。

”信州蔦木宿道の駅”の休憩室に井戸尻考古館収蔵土器の複製品を展示してほしいというご依頼があり、会員制作の15点を展示させていただきました。井戸尻考古館収蔵物だけではなく、山梨県鋳物師屋遺跡出土の土器、土偶もあります。ほのおの会のメンバーは、そのご依頼を大変うれしく思い、次の年に続く土器作りの意欲が大いに盛り上がりました。

また、中央本線信濃境駅は井戸尻考古館来館時の下車駅で「5000年前まで 徒歩15分」と言うキャッチコピーのポスターがあるところです。そこにも、複製土器が飾ってあります。

このように、富士見町内のいろいろなところに複製した土器を置くのは、会員の制作意欲の向上と言うことはもちろんですが、日本遺産にも指定されているこの中部高地縄文文化の軌跡に触れることのできる、井戸尻考古館のPRにもなっているようで、その点でも意欲が増します。

お仲間の作ったものや自分で作ったものを客観的に見るのは、とても楽しいことです。

2021年 ほのおの会の活動が始動しました

ご無沙汰しました。ほのおの会の活動ブログです。

昨年1年間はコロナの影響下、会員の総意で1年間休会にするという決定を断腸の思い(オーバーかな)でいたしました。

その反動か、始動時からやる気満々のエネルギーを感じましたが、皆さん、1年大人になったというか一つ年を取ったというか、身体と相談しながら「ボチボチ」ね、と言う配慮も感じられています。

のんびり、楽しく活動していけたらいいですね。そんな雰囲気をお伝えできるブログを目指します。

それなのに(?)すでに、何と!先週と今週の4日間で完成した土偶!!!

このコロナ禍に「モクモク」は大切。私のように、久しぶりだから皆さんと「ペチャペチャ」とかはだめですね。来週からは集中して、「ボチボチモクモク」を心がけます。

秋の訪れとともに

6月から制作活動に励んできたほのおの会のメンバーも、考古館からお借りした土器をつくり上げて9月に入り、ちょっと使えるオリジナル作品作りを楽しんでいます。

イノシシは来年の干支です。毎年、作りためて十二支が勢ぞろいしている仲間もいます。イノシシの表情もかわいいです。

縄文風人面が付いた水盤。中に亀の花立を付けてちょっと一工夫。

お皿全体がイノシシになっています。尻尾もついて楽しいです。

埴輪の家。中に植木鉢を入れて、植物が窓や屋根の上からのびのびと成長してけるようになってます。そうなったときが楽しみですね。

9月になって新しくお仲間になった方の作品。2日来て、それぞれの日に一つずつ完成させました。埴輪で輪積みを練習して、土器を作りました。この形の土器は実際にありますが、模様の縄文はオリジナルで入れています。プランターカバーにするそうです。

もちろん、いまだに土器の模様入れに四苦八苦している者もいますが‥‥。

そんなこんなで、いよいよ9日には制作の集大成、野焼きです。天気になあれ。

視線の先に‥‥

土器や埴輪などを制作中のみんなの顔、素晴らしいなといつも思います。カメラで一瞬を写し出してみると、まなざしの先にあるものを真剣にとらえようとしている。そんな瞬間が自分にもあることが誇らしく思えることがあるのです。

おまけ:細かい仕事パート2

もう一つ作ってみた、透かし彫り。どうも、うまくは‥‥??

細かな仕事 土器作り

今回は、付属品をつくるとき、模様を入れるときの細かな仕事をご紹介します。どんなに大きな土器をつくるときも細かな手仕事は必要になり、そのような作業をするたびに、縄文時代に生きた人たちの繊細さ、器用さが伝わってきます。

香炉形土器の上に着く生き物(のづち?)を作っています。Wをつなげたような模様。よく出てくる模様のパターンです。

隆線文は細い粘土ひもを貼り付けます。細い粘土ひもを切らないで作るのも難しいものです。

半裁竹管で描く模様です。模様にあった竹管は手作りします。粘土が柔らかいと竹に粘土がすぐ詰まってしまい、固いと力を入れてもうまく線が引けないという厄介な模様ではあります。

水煙土器の頭部分は太い竹管で描いていきます。

なぜ、土器はタオルの着物を着ているのか??

週1,2回の活動なのであの大きな水煙土器などは、作り上げるのに2か月以上がかかります。その間、粘土が乾燥してしまっては模様も入れられなくなりますので、制作中は乾かさないように神経を使います。濡れタオルを巻いて、霧吹きで水分を補給しながら進めていきます。逆に、次の週までは濡れタオルははずし、ビニールをかけただけで保管しておかないと、タオルの水分が粘土に浸透してきて、崩れてしまうという結果になることもあり、泣いた仲間もいます。

縄文時代は、たぶん、一挙に作り上げたのでしょうが、粘土の具合によっては、どんどん積み上げて崩れてしまうこともありますから、特に大きな土器などは絶妙なタイミングで作り上げたのであろうと思われます。やはり、職人芸でしょうか?

おまけの癒し

何ができるかな? 答えは‥‥

前々回の「何ができるかな?」の答えです。まず、ラグビーボールのようなものは‥‥

かわいいイノシシの土鈴になりました。ベンガラで赤くお化粧しています。

キノコの形をした球状の物は‥‥

前後に口が開いて‥‥

飾りがついて、香炉形の土器になりました。

面白い作り方をするものですね。この土器をお借りすることはできなかったので考古館の館長が丁寧に何枚も各方面から写真を撮ってくれて、それを見ながら作っていました。本物が目の前にあるのと違って平面の物を頭の中で立体的に変えながら作っていくのはなかなか難しい作業です。とても、よくできていると感心しました。

おまけ

これは何かというと‥‥‥

縄文の耳飾りです。大型のピアスですね。まねて作ってみましたが、縄文時代の人のようにきれいにはできなかった。何個か挑戦してみたいと思っています。

耳飾り豆知識

縄文時代全般を通して装飾品の中でも、耳飾りはたくさん出土していますが、後半期から晩期にかけての北関東では質、数ともに他を圧倒していて、特に群馬県茅野遺跡では調査部分だけで577点もの耳飾りが出土しているそうです。耳たぶに穴をあけて、小さいものからだんだんと大きなものをはめ込んでいったのでしょう。縄文時代を生きていた人のおしゃれ感には脱帽です。

 

ほのおの会勉強会

ほのおの会では、毎年、制作を開始する前の5月下旬に今年の制作意欲に火をつけるべく、井戸尻考古館を訪れます。お借りできる土器であれば貸し出しをお願いし、先日のブログで書いた4点をお借りすることになりました。

今年は、その際に小松館長にお話を聞く機会を先生の計らいで持つことができ、普段はなかなか見られない”土器片”を見せていただきました。

富士見町の縄文時代の遺跡は中期中葉が最も多いのですが、その前後の遺跡もあるということで、その、時代の違う遺跡から掘り出された土器片を分類して比べて説明してくださいました。

新しい時代になるほど薄くなっていくのがよくわかりましたが、共通して言えるのは、どの土器も(どの土器片も)裏側をとても丁寧に仕上げているということです。井戸尻の土器は表面の模様に過剰といえるほど手を加えていて、今までそれだけに目を取られていたように思いますが、これらを作った人々はきっと、土器作りの最後の最後まで手を抜かなかったのだなとつくづく、感心した次第です。そのことを教えていただいて、その後館内を見学してみると、見慣れた土器もまた違うように光を放って見えるから不思議です。

午後には、先生に土に混ぜる砂の大きさにより、器肌の滑らかさが違ってくること、粘土を※水簸(すいひ)する方法など粘土のことについてお話を伺いました。

次の日は前々館長の小林公明氏に八ヶ岳南麓に展開する縄文遺跡のお話を聞きました。北杜市、富士見町、原村、茅野市にまたがる縄文遺跡群は国内でも稀有の地域だったのではないでしょうか。

年度初めに研修を積んで、意欲満々で土器づくりに励んでいます。

※水簸とは‥土粒子大きさによって水中での沈降速度異なるのを利用して,大きさの違う土粒子群に分け操作陶土細粉粗粉分けたり,砂金採集する場合などに用いる(三省堂 大辞林より)

おまけ:トロロブームはまだまだ続く。トトロって女の子?

 

何ができるかな???

今回は、何を作っているのだろう?と、不思議に思うもの特集です。このようにして作るのかとちょっと、感心するものです。

手の中で、細かい模様を入れて作っているものは何でしょうか?

この、香炉の上についているちょっと意味不明の生き物です。上に3匹、奥に香炉を覗き込むように1匹ついています。この香炉形土器は確かに富士見町で出土したのですが、今はこの町にはないものです。縄文人も一つ一つ手作りしたのですね。

そして、作り途中の下の二つ、何になるかわかりますか?

手始めはこれです。中は空洞で、キノコのような形です。

次は、これ。やはり中が空洞のラクビーボールのような形

はてさて、何ができるのかお楽しみに。進行具合は追ってお知らせします。

追伸:ちょっと癒しの縄文顔

 

2018年の活動が始まってます

昨年7月から、姿をくらまして(?)いたこのブログでしたが、復活いたしました。今年、考古館からお借りする土器は今のところ4点です。

吊り手形土器 居平遺跡

吊り手形でシンプルな模様がとてもモダンな土器です。多肉植物など入れたら素敵でしょう。

深鉢 籠畑遺跡

小さいながら、形といい模様といい、たいへん細やかに作られた土器です。模様は半裁竹管などで全面に施されています。

人面深鉢 下原遺跡

これは、(多分)大きな深鉢の縁に着いていたと思われる人面を復元したものです。

有名な「水煙土器」です。これは長野県の県宝なので本物はとてもお借りできませんので、レプリカをお借りしてます。いつも、人気の高い土器ですが、作るのにはエネルギーがいります。

6月から、活動開始。すでに一つ作り上げている人もいますが、模様にてこずっているものもいます。

今年も、頭の柔軟さと目利き耳利き能力を鍛えつつ、活動の報告や土器のこと、縄文のことを書いていけたらと思っています。